タクボンのお遍路日記

2016年、車で逆打ちで遍路。2017~2018年、休日歩き遍路で結願した時の記録を残しています

お遍路情報と歩き遍路まとめ

1番からの通しでなく、バラバラに回っているので、もくじ的なページを作ってみました。
ページは随時更新していきます。

役立ちリンク集

↓リニューアルされて、役に立つ情報が満載になってます

www.88shikokuhenro.jp

歩き遍路用のグーグルマップ:

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車遍路用にルート検索できるように駐車場に位置を修正したグーグルマップ:四国お遍路マップ 車遍路用

公共交通機関のリンク集

JR四国:時刻表・運賃・列車編成 | JR四国:四国全般

路線バス|ジェイアール四国バス:四国全般

徳島バス:路線バス情報 | 徳島バス株式会社:徳島市周辺

http://asatetu.com/:23番 薬王寺→24番 最御崎寺

ようこそ高知東部交通株式会社へ:室戸周辺

とさでん交通株式会社:高知周辺

路線バス|高知西南交通:中村周辺

土佐くろしお鉄道株式会社 TOSA KUROSHIO TETSUDO (Railway)

四万十くろしおライン時刻表:http://docs.wixstatic.com/ugd/06d37b_87ad45ad31814e068c4b8fa85a34c187.pdf:宿毛周辺

宇和島自動車株式会社 宇和島バス:愛媛 南予

伊予鉄道株式会社:IYOTETSU:愛媛 中予

伊予鉄南予バス株式会社:久万高原町周辺

瀬戸内運輸株式会社:愛媛 東予

香川の駅の駐車場情報:https://www.pref.kagawa.lg.jp/kotsu/park.html

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装備など

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歩き遍路の記録

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  1. 1番 霊山寺→2番 極楽寺→3番 金泉寺→4番 大日寺→5番 地蔵寺→別格1番 大山寺→6番 安楽寺

    距離: 20.89 km

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  2. 安楽寺 駐車場→7番 十楽寺→8番 熊谷寺→9番 法輪寺→10番 切幡寺→11番 藤井寺安楽寺 駐車場
    距離: 33.46 km

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  3. 藤井寺 駐車場→長戸庵→柳水庵→浄蓮庵→12番 焼山寺→杖杉庵→別格2番 童学寺→JR下浦駅
    移動距離:34.03km

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  4. 別格2番 童学寺→13番 大日寺→14番 常楽寺→15番 国分寺→16番 観音寺→17番 井戸寺→18番 恩山寺→19番 立江寺→JR立江駅
    移動距離:40.65km

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  5. 19番 立江寺→別格3番 慈眼寺→ふれあいの里 さかもと
    距離: 27.11 km

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  6. 鶴林寺 登山道入口→20番 鶴林寺→21番 太龍寺→22番 平等寺→JR阿波福井駅
    距離: 24.42 km

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  7. JR阿波福井→23番 薬王寺
    距離: 31.00 km

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  8. 23番 薬王寺→別格4番 鯖大師→JR海部駅
    距離 29.03 km

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  9. 海部駅→佐喜浜港上(高知東部交通)
    移動距離:31.38km

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  10. 佐喜浜港上→24番 最御崎寺→25番 津照寺→26番 金剛頂寺→道の駅 キラメッセ室戸
    移動距離:31.19km

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  11. 道の駅 キラメッセ室戸→唐の浜東(高知東部交通)
    移動距離:23.85km

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  12. 唐浜駅→27番 神峯寺→赤岡駅
    移動距離:36.26km

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  13. 赤岡駅→28番 大日寺→29番 国分寺→30番 善楽寺→31番 竹林寺→32番 禅師峰寺→池通技術学校前
    移動距離:35.73km

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  14. 池通技術学校前→33番 雪蹊寺→34番 種間寺→35番 清瀧寺→宮前スカイライン入口

    移動距離: 32.64km

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  15. 竜→36番 青龍寺→別格5番 大善寺→JR土佐久礼駅
    移動距離:29.31km 

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  16. JR土佐久礼駅→37番 岩本寺→土佐くろしお鉄道 土佐佐賀駅
    移動距離:40.01km 

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  17. 土佐くろしお鉄道 土佐佐賀駅→高知西南交通 大文字前(バス停)
    移動距離:28.91km 

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  18. ヘンロ小屋 54号 四万十→38番 金剛福寺
    移動距離:35.35km

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  19. 高知西南交通 市野瀬→土佐くろしお鉄道 平田駅
    移動距離:22.35km

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  20. 土佐くろしお鉄道 平田駅→39番 延光寺→40番 観自在寺→宇和島自動車 南レク御荘公園前
    移動距離:30.6km

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  21. 南レク御荘公園前→別格9番 龍光院→宇和島駅
    移動距離: 39.66 km 

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  22. JR宇和島駅→別格6番 龍光院→41番 龍光寺→42番 仏木寺→43番 明石寺→JR上宇和駅
    距離: 28.53 km 

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  23. JR上宇和駅→別格7番 出石寺→JR西大洲駅
    距離: 39.70 km

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  24. JR伊予平野駅→別格8番 十夜ヶ橋→JR内子駅
    距離: 17.85 km 

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  25. JR内子駅→44番 大寶寺[16:15]→JRバス 久万中学前
    距離: 37.21 km 

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  26. ふるさと村→45番 岩屋寺→46番 浄瑠璃寺
    距離: 34.1 km 

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  27. 46番 浄瑠璃寺→47番 八坂寺→別格9番 文殊院→48番西林寺→49番 浄土寺→50番 繁多寺→51番 石手寺
    移動距離 23.9km 

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  28. 52番 太山寺→53番 円明寺→JR伊予北条駅
    移動距離:23.27km 

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  29. JR伊予北条駅→JR大西駅
    移動距離:23.11km 

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  30. JR大西駅→54番 延命寺→55番 南光坊→56番 泰山寺→57番 栄福寺→58番 仙遊寺→59番 国分寺→JR伊予桜井
    移動距離:25.6km 

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  31. JR伊予桜井→別格10番 西山興隆寺→別格11番 生木地蔵→大頭(せとうちバス)
    移動距離:23km 

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  32. 大頭→60番 横峰寺→石鎚神社 成就社
    移動距離:18.9km 

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  33. 石鎚神社 成就社→頂上社→氷見(せとうちバス)
    移動距離:24.8km 

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  34. JR伊予小松駅→62番 宝寿寺→61番 香園寺→63番 吉祥寺→石鎚神社 口之宮→64番 前神寺→JR中萩駅
    移動距離:20.9km 

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  35. JR中萩駅→別格12番 延命寺→JR伊予三島駅
    移動距離: 29.7km 

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  36. JR伊予三島駅→65番 三角寺→別格13番 仙龍寺→別格14番 椿堂→JR阿波池田駅
    移動距離:40.31km

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  37. JR箸蔵駅→別格15番 箸蔵寺→66番 雲辺寺→別格16番 萩原寺→67番 大興寺→JR観音寺駅
    移動距離:41.46km

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  38. JR観音寺駅→68番 神恵院・69番 観音寺→70番 本山寺→71番 弥谷寺→JR海岸寺駅
    移動距離:22.46km 

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  39. JR海岸寺駅→別格 18番 海岸寺→72番 曼荼羅寺→73番 出釈迦寺→74番 甲山寺→75番 善通寺→別格17番 神野寺→JR塩入駅
    移動距離:25.03km 

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  40. JR善通寺駅→76番 金倉寺→77番 道隆寺→78番 郷照寺→79番 天皇寺→80番 国分寺→JR国分駅
    移動距離:27.24km 

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  41. JR国分駅→81番 白峯寺→82番 根香寺→別格19番 香西寺→83番 一宮寺→琴電 瓦町
    移動距離:31.9km

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  42. 瓦町→84番 屋島寺→85番 八栗寺→86番 志度寺→87番 長尾寺→琴電 長尾駅
    移動距離:26.23km

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  43. 87番 長尾寺→別格20番 大瀧寺→塩江
    移動距離:32.01km

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  44. 多和小学校前→88番 大窪寺→讃岐相生駅
    移動距離:29.8km

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  45. 讃岐相生駅→1番 霊山寺
    移動距離:16.34km

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阿波一宮 大麻比古神社

阿波一宮

御祭神:大麻比古大神、猿田彦大神
住所:鳴門市大麻町板東字広塚13

社伝によれば、神武天皇の御代、天太玉命の御孫の天富命が阿波忌部氏の祖を率いて阿波国に移り住み、麻・楮の種を播殖してこの地を開拓、麻布木綿を生産して殖産興業と国利民福の基礎を築いたことにより祖神の天太玉命(大麻比古神)を阿波国の守護神として祀ったのが当社の始まりだと言う。

『日本三代実録』貞観元年(859年)1月27日の条によれば、当社は従五位下から従五位上へ神階が陞叙されている。
『日本三代実録』の記事によれば、さらに当社は貞観9年(867年)4月23日の条で正五位上、元慶2年(878年)4月14日の条で従四位下、元慶7年(883年)11月1日の条で従四位上に神階を進めている。延長5年(927年)には『延喜式神名帳』により式内社、名神大社へ列格された。

平安時代から鎌倉時代にかけて、神仏習合思想に基づき神社を実質的に運営する神宮寺が各地で置かれたが、『諸国一の宮』では四国八十八箇所の1番札所 霊山寺が当社の神宮寺であったと述べている。
しかし、『中世諸国一宮制の基礎的研究』では、別当寺は不詳であるとしている。

『朝野群載 巻6』には、神事に過穢があったことにより阿波国の大麻神が祟り給うたので、使者を遣わし中祓いを科して祓い清めるべしとの承暦4年(1080年)6月10日付けの神祇官奏上が記載されている。

室町時代に成立したとされる『大日本国一宮記』には当社が阿波国一宮として記載されているが、『中世諸国一宮制の基礎的研究』では、南北朝時代に、伝統的な社格を誇り細川氏の守護所にも近かった当社が、敵対勢力であった一宮氏が神主を世襲していた一宮神社に代わる新たな阿波国一宮としての地位を得ることになった、と考察している。

『全国一の宮めぐり』によれば室町時代には細川氏や三好氏、江戸時代には徳島藩主蜂須賀家の庇護を受けたとしている。また、享保4年(1719年)には最高位の正一位の神階が陞叙されている。

明治6年(1873年)に国幣中社へ列格し、明治13年(1880年)に本殿以下が国費を持って造営された。

第2次世界大戦後に旧社格が廃止された後は神社本庁が包括する別表神社となり、昭和45年(1970年)には氏子崇敬者の寄進により祝詞殿・内拝殿・外拝殿が築造された。

 

四国八十八ヶ所1番札所霊山寺から5分ほど歩けば、、平成14年に再建された立派な大鳥居に到着し、ここから大麻比古神社境内までは、緑の続く参道を歩いてさらに10分ほど

長く続く参道
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↓祓川橋
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↓拝殿
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↓大楠f:id:prodigal04:20200118151115j:image

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↓御朱印
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新四国曼荼羅 2番 長谷寺

新四国曼荼羅 2番

山号:豊山
宗派:高野山真言宗
本尊:十一面観音
住所:徳島県鳴門市撫養町木津1037-1
ご詠歌:いくちよも めぐみかわらぬ とよやまに ひかりかがやく のりのあさひは

四国一番霊山寺に通じる撫養街道に面している。
関西から鳴門に着いたお遍路さんたちは、旅の無事を長谷寺の観音さまに祈ってから、一番札所に向かったという。
境内のどまんなかに、あたりを睥睨するように巨大ないちょうの木がはえている。夏には大きな木陰で、秋には鮮やかな色づきで、参拝者の体と心を和ませてくれる。

寺の歴史は、文明12(1480)年、船戸左衛門尉が大和の長谷寺から本尊を勧請したことに始まる。
慶長三年(一五九八)、徳島藩主蜂須賀家政により駅路寺の指定を受け、隆盛を迎える。

境内には駅路寺の石碑や、焦門六世の道阿の句碑があり、長い石段を登ると、金毘羅神社。ここからの眺望は絶景である。

歴史
・1480年 船戸左衛門尉次正によって長谷寺が創建。
・1582年 長宗我部元親が阿波国を攻め、そのときに長谷寺は灰燼に帰したと伝えられている。
・1601年 撫養城主・益田大膳によって本堂(方丈)が再建。
・1995年 イチョウの木が鳴門市天然記念物に指定。

↓入口の向こうにイチョウの木
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↓大日殿
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↓大日殿の内部
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↓本堂
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↓御朱印
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新四国曼荼羅 3番 不動院

新四国曼荼羅 3番

山号:海辺山
宗派:高野山真言宗
本尊:不動明王
住所:徳島県板野郡松茂町広島字宮ノ後

不動院は国道から直ぐの所に在る。境内に隣接して春日神社を興し、瞭らかに神仏習合の祈りを伝えていた。
寺史は次のようである。
後西院天皇の御世。寛文年間(1661)僧宥真が当地巡錫の際、三好長治公の念持仏であった不動明王を本尊に安置。家老、秦野助太夫の子成長の願により一寺を建立した。
また、明治三十四年に成田山のご分身を勧請し"身代り不動"の信仰を集めた。除災招福の霊験は著しく、檀信徒の帰依を篤くして現在に至っている。

新築なった本堂の優美さに刮目。その脇に宝塔と石仏、他に観音堂を構えるが、一山の象徴を龍宮門にみた。法灯赫嘩な精舎である

↓鐘楼門
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↓本堂
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↓不動堂
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↓横にある春日神社
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↓御朱印
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新四国曼荼羅1番 東林院、1番 奥の院

1番 奥の院
新四国曼荼羅1番
阿波北嶺薬師霊場第十六番札所
種蒔大師

山号:八葉山
院号:東林院
寺号:神宮寺
宗派:高野山真言宗
本尊:薬師如来、愛染明王
住所:徳島県鳴門市大麻町大谷字山田59
御詠歌:種蒔きし 稲穂みのりて 栄えゆく 大師の恵み 仰げもろびと

寺伝によれば奈良時代の天平5年(733年)に行基によって建立されたと伝えられている。
かつては、薬王寺・太龍寺・鶴林寺・隆禅寺・神應寺・瑞川院・荘厳院と並ぶ阿波国八門首(阿波八本寺)の一寺院に数えられ、末寺16か寺を持つ大寺であった。
平安時代前期の大同3 - 4年(808年 - 809年)に空海(弘法大師)がここを訪れ、住民に真言の教えを伝えるとともに農業振興を奨励したと言われる。伝承によれば、空海自ら鍬を取り米・麦の種を蒔き、災害の調伏を行ったとされ、これにより当寺院は「種蒔弘法大師」と称されるようになった。
江戸時代前期の元禄13年(1700年)前後に大火に遭い伽藍の大半を焼亡した。これ以後、寺院は縮小した。
昭和59年(1984年)に本坊が新築された。なお、本坊の本尊は愛染明王、本堂(薬師堂)の本尊(札所本尊でもある)は薬師如来だが、当寺の信仰上の中心は本堂よりひと回り大きい大師堂の弘法大師(種蒔大師)である
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↓本堂
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↓大師堂
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↓滅悪不動尊
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↓御朱印(奥の院)
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(新四国曼荼羅)
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新四国曼荼羅 4番 潮明寺

新四国曼荼羅 4番

山号:海門山
宗派:高野山真言宗
本尊:十一面観音
住所:徳島県鳴門市鳴門町土佐泊浦字高砂22

潮明寺は、渦潮で名高い鳴門の海岸近くの静かな環境の中にある。
潮明寺の本尊は十一面観世音菩薩で、永禄5年6月18日、鳴門海中より出現した尊像で奈良時代の作と伝えられている。
境内には、鳴門市史跡の、紀貫之の土佐日記の中の和歌「年ごろを住みし所の名にしおえば 来よる波をもあわれとぞ見る」の歌碑が二基ある。
また、昭和35年に、大師さまの彫刻が彫られた銀杏の大木があり、地域の方の信仰の対象となっているが、銀杏の木の成長と共に、お大師さまのお姿がだんだん中に入られかくれてしまわれるのではと危惧されている。
また、境内の奥の墓地には、阿波水軍の土佐泊城主森志麿守の観音開きの扉がついたお墓もある。

↓方丈
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↓本堂
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↓御朱印
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新四国曼荼羅 5番 長寿寺

新四国曼荼羅 5番

山号:丹照山
宗派:高野山真言宗
本尊:阿弥陀如来
住所:徳島県鳴門市北灘町粟田字東傍示276

瀬戸内海に近い北灘の里に長寿寺がある。古くは葛城神社の杜僧を務めていたが、明治の神仏分離によってその職を断たれた。一言主神の御霊魂を祀る香華寺である。
寺仁は次のように記す。一言主命が当地に御滞留・遂に逝去あそばされるを随従の下臣等、悲痛の余り、草庵を結び、命を祭れるに由来する。
寛永年間二六二四)増泉上人が弘法大師の夢告をうけ、阿弥陀如来を本尊に堂宇を建立。丹照山長寿寺と号す。
その後、火災のため焼失、当地に移り、増宥唯法の中興の祖ありて現在に至る。

↓山門
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↓本堂
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↓大師堂
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↓御朱印
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新四国曼荼羅 6番 葛城神社

新四国曼荼羅 6番

主祭神:一言主神
住所:徳島県鳴門市北灘町粟田字池谷2

天円山南北麓に鎮座
天喜年間(1053年-1058年)に創建
天智天皇が阿波国から大和国へ向かう際、当地で落馬し目を負傷、粟田の地で療養したと伝わる。祭神の一言主神は目の神様として知られ、境内には「御神水」と呼ばれる目の治療にご利益がある井戸がある

↓鳥居
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↓めがね塚、包丁塚
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↓めがね塚
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↓御朱印
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新四国曼荼羅 7番 白鳥神社

新四国曼荼羅 7番

主祭神:日本武尊
住所:香川県東かがわ市松原69

能褒野(三重県亀山市)で戦死し葬られたのち、白鳥となって飛び去った日本武尊の霊が舞い降りた、という伝説が残る。当地に降りた白鳥は間もなく死んだため、日本武尊の子である武鼓王が廟を建て手厚く葬ったという。白鳥神社はこの時に始まるとされている。

寛文4年(1664年)に高松藩初代藩主・松平頼重が朱印地200石を当社へ寄進して再興、以後は天領となった。明治5年(1872年)に県社に列格される。

鳥居
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↓一の門
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↓その奥に鶴門
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↓拝殿
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↓御朱印
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新四国曼荼羅 8番 西教寺

新四国曼荼羅 8番 西教寺

山号:花生山
宗派:真言宗善通寺派
本尊:阿弥陀如来
住所:香川県さぬき市大川町富田東1809

西教寺は、奈良時代末期に行基菩薩が開創され、弘法大師が建立された寺
西教寺の北の火山の中腹に奥ノ院という場所があり、自然石で出来た凝灰岩に薬師如来の半身が彫ってある
通称、この石仏は磨涯佛と呼ばれている
磨涯佛は弘法大師が修行の途中、当山奥ノ院に立ち寄られ,一夜建立の祈願をかけ,薬師如来像を彫っていたところ、天の邪鬼が悪戯をし、夜が明けていないのにも関わらず鶏の鳴き声をまねて、鶏鳴を発してしまった
そこで、一夜建立の祈願がむなしく破れたと勘違いした弘法大師は、薬師如来を途中彫り差しのまま大窪寺へ向かわれたという

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↓山門
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↓本堂
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↓大師堂
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↓厄除修行大師像
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↓納経所
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御朱印
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「道の駅 ながお」から女体山経由で88番 大窪寺へ

歩き遍路の時は、別格20番 大瀧寺に行く事もあって、旧へんろ道(③→②のルート)を選択したけど、初めてのお遍路(バスツアー)の時に先達さんが、「大窪寺に行くのは2つのルートがあって、女体山を通るルートの方が好きだ」と言っていたのが、ずっと気になっていて、いつか女体山ルート(④のルート)を歩きたいと思っていました
ただ、こちらのルートは昔ながらの遍路道ではなく、「四国のみち」のために整備された道です
順路も奥の院を先に廻るので、遍路に対してこだわりのある方は旧へんろ道へ
景色や道にこだわる方には、こちらのルートがお勧め

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ゴールの大窪寺の駐車場に車を止めて、10時発の志度寺行きのコミュニティバスに乗車 「道の駅 ながお」でバスを降りて、女体山ルートで大窪寺へ向かいますf:id:prodigal04:20190916190917j:image

緩やかな上りの県道を進むと「来栖」のバス停が見えてくる
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「来栖」を過ぎたところを左下に進むと、来栖神社経由の女体山ルート(④)に合流する事が出来る
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ココは折り返さず、直進の細い方の道へ
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しばらく、川沿いの舗装路を進みます
舗装路でも、車は、ほとんど通らないので、穏やかに気分で、気持ちよく歩けた
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ココは右折
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来栖神社の前を通過
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舗装路が続くが木陰の道なのでツラくはない
(基本的に舗装路を歩くのは嫌いです)
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この先の「四国のみち」の標識の場所から川の方へ下る
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「四国のみち」の標識
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川のすぐ横の細道を歩く
涼しくて気持ちが良い
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この先で、一度、舗装路に戻ります
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地図では川沿いを進むようになっていたので直進かと思ったら、一度、橋を渡ります
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橋を渡った後、すぐに右折して川の反対側を歩きます
ここからは山道
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思っていたより登りが続く
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一度、コンクリート舗装の道に出るが、すぐに山道へ(直進)
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山道をドンドン上がり標高を上げていきます
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ココで舗装路に出ます
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しばらく舗装路が続く
舗装路といっても、かなり細く荒れてるf:id:prodigal04:20190916191055j:image

比較的綺麗なベンチがあったので、ココで一休み
「四国のみち」は、標識や休憩する場所が整備されているのが嬉しい点
ココから右上の道へ進みます
入口には三角コーンで、ここから先は車で進めないとの注意書き
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道は、台風や豪雨の影響で、荒れ気味
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一度、沢に降りて、反対側の階段を登る
雨天時や雨天の翌日は、注意が必要かも
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ココからは、ひたすら登ります
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峠を越えて、一度、下ります
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上から見ると、結構な下り
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向こう側に見えるのか、目的の女体山
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下った後、舗装路に出る
左折して舗装路を上る
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舗装路に出たところにあった「太郎兵衛の話」
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舗装路を進むと「古大窪」の説明
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右にある女体山への登山道に進みます
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川沿いの山道で、土が流されて道幅が狭くなってた
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一度、舗装路に出る
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すぐに左側に登山道の続き
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橋の横に立つ「へんろみち保存協会」の棒には上向きの矢印が貼られていたが、直進の道は無い
この橋を渡るのが正しい
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渡ってすぐに、上への階段
進んだ後分かったが、元々は直進だったのが、道が崩れたので、上に迂回路を設けていた
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階段を降りて、振り返ると斜面をコンクリートで固めていた
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視界が少し開けた場所にベンチがあったので、ココで一休み
地図を確認すると、女体山山頂まで、あと少し
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ベンチに座り、進む方を見るとこんな感じ
しばらく休んでいると、物音がして、木陰になって見えにくくなっている場所に人影が見える
この先は、岩場になっていた
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ベンチから腰を上げて、進むと木陰で見えなかった岩場が見えてきた
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手で岩を掴みながら進む
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山頂の手前は、こんな感じ
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岩場を登り切ると「女躰宮」の祠
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女体山山頂からの眺め
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山頂の岩の横を通り抜けて裏側へ
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ココにも休憩所があった
さっき休んだばかりなので、ココはスルー
大窪寺の方へ下っていきます
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初めは階段、すぐに山道に変わる
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ココの歩道を横切り反対側の続きへ
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少しだけ登って、後はひたすら下る
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階段の下りが、ずっと続くので、膝が笑い出す
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一度、緩やかになるけど、それもつかの間
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すぐに階段になる
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奥の院への分岐点
右折して、奥の院に向かいます
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この辺りから参拝者がちらほら
みなさん、大窪寺側から登ってきたようです
500mほど進むと、下の方に奥の院 胎蔵峯寺
この小屋が本堂
中を見る事は出来ませんでした
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ohenro.prodigal04.site

奥の院の分岐点まで戻り、そこからもひたすら階段を降りると、大窪寺の境内に出ます
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出てきた場所から本堂の方を見ると、後ろに見えるのが東女体山
左の西側に見えるのが、越えてきた女体山(あまり写ってない・・・)
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奥の院の御朱印
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