タクボンのお遍路日記

2016年、車で逆打ちで遍路。2017~2018年、休日歩き遍路で結願した時の記録を残しています

73番 奥の院 捨身ヶ嶽

標高481mの我拝師山は、もともと倭斯濃山といった。弘法大師真魚と呼ばれていた7歳のとき、この山に登り、仏門に入って衆生を救済したいという願いがかなうならば霊験を現すよう、もしかなわないのであれば我が身を以て諸仏を供養すると念じて、断崖より飛び降りた。すると紫雲が湧き起こって釈迦如来が出現し、天女が真魚を受けとめた。そして釈迦如来は「一生成仏」と告げた。
願いが成就することを告げられた大師は感激し、釈迦如来の姿を刻んで一宇を建立した。この時、倭斯濃山も我拝師山と改められたと伝えられる。これが73番札所出釈迦寺の縁起である。 

出釈迦寺の境内から西の山の上に、奥の院の建物が見える

f:id:prodigal04:20190610122123j:image

出釈迦寺の脇の道を進んでいくと我拝師山に登る参道がある。

f:id:prodigal04:20190609104143j:image

急勾配の登り坂
f:id:prodigal04:20190609104147j:image

弘法大師御加持水「柳の水」
f:id:prodigal04:20190609104138j:image

ここにも駐車場(この上は鎖が張っているので車では登れないと注意書き)
f:id:prodigal04:20190609104201j:image

まだまだ登り坂は続く
f:id:prodigal04:20190609104112j:image

へんろ道は右
f:id:prodigal04:20190609104150j:image

少しの間、山道
f:id:prodigal04:20190609104109j:image

石灯籠の並び、雰囲気が変わってきた
あと少し
f:id:prodigal04:20190609104141j:image

山門の手前にも駐車場
f:id:prodigal04:20190609104154j:image

山門が見えてきた
f:id:prodigal04:20190609104128j:image

山門の手前に大師像
f:id:prodigal04:20190609104051j:image

山門
f:id:prodigal04:20190609104131j:image
f:id:prodigal04:20190609104103j:image

階段の上に鐘楼
f:id:prodigal04:20190609104134j:image

根本御堂は、改修中
お釈迦様が現れたと伝えられる場所。
元はここが出釈迦寺であったが、江戸時代に山麓の現在地に移転した。
f:id:prodigal04:20190609104106j:image
f:id:prodigal04:20190609104054j:image

弘法大師が飛び降りたという捨身ヶ嶽禅定は、根本御堂の脇の登山道をさらに登ったところにある。
f:id:prodigal04:20190609104158j:image
f:id:prodigal04:20190609104115j:image

かなり急な山道で、鎖をつたって岩を登るようなところもある。
f:id:prodigal04:20190609104124j:image
f:id:prodigal04:20190609104100j:image

捨身尊像
f:id:prodigal04:20190609104121j:image
f:id:prodigal04:20190609104057j:image

下を覗くと、ちょうど根本御堂の屋根が見える。
f:id:prodigal04:20190609104118j:image

奥の院 御朱印

f:id:prodigal04:20190609171810j:image